| C D(古典曲) |
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| 『源氏物語』では、管絃6曲、舞楽14曲が登場しますが、ここに描かれた雅楽の調べこそが源氏物語の雅な世界を演出しているといっても過言ではありません。若菜下の帖では、音楽の春秋論が展開されるなかで「物の調べ、曲のものどもはしも、げに律をば次のものにしたるは、さもありかし」とあり、呂(長調)の次に物悲しい律(短調)がおかれている理由が述べられています。 このように平安朝雅楽においては長調、短調が存在し、即ち調性が整っていたのですが、近代雅楽においてはある楽器は長調で別の楽器は短調で演奏するといった調性の混乱が見られるだけでなく、本来、短調の音取(調を整える前奏曲)を長調で演奏するといった調性の崩壊も生じています。 また楽箏は、平安時代に両手で演奏していたものを近代雅楽では右手だけで演奏しているため、左手で押し半音上げるべきところを放置することにより不協和音を生じています。 このアルバムは、近代雅楽の楽譜とは全く異なる平安時代の楽譜を用い、そして正しい調性で演奏することを目的としております。特に源博雅が著した『新撰楽譜』による演奏は、博雅公の晩年に生誕した紫式部がまさに聴いていた音楽であり、『源氏物語』に描かれた雅楽そのものなのです。 『源氏物語』の執筆開始時期及び完成時期については、諸説があり定かではありません。 平成13年7月3日号の講談社刊『週刊TIME TRAVEL 再現・日本史』に、源氏物語研究の第一人者である早稲田大学教授の中野幸一氏の見解として「すでに源氏物語の執筆を始めていた式部の評判に道長が着目し、彰子のいわば家庭教師として出仕させた」と最新の研究成果が述べられています。 すなわち、寛弘2年(1005)12月29日、藤原道長の命により紫式部が中宮・彰子に出仕した日をもって、『源氏物語』が成立したと捉える考え方で、これを根拠としてこのアルバムは源氏物語成立千年記念の作品といたしました。 |
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